童話『忘れないで』

著者:田上克男氏
NPO法人 SIDS家族の会 近畿支部代表

         

 「ぼくと家族」
K・『生きている』って何?         

 ぼくが保育園を卒園する時に、父さんが「代表」であいさつをした。一番前に立って会場のみんなの方を向いて、何だか難しいことを言って、先生たちに「長い間本当にありがとうございました」とお辞儀をした。

 その後、今度はぼくたちの方を向いて話し出した。退屈していたぼくたちは少しびっくりした。「子どもたち!難しい話だけれども聞いてください」。父さんはまじめな顔をしている。

 「私は2年前に子どもを亡くしました。その子を抱いて『死なないで。何でもいいから、生きているだけでいい。その代わりなら何でもしよう』と思いました。…でも生き返りませんでした」

 「子どもたち!君たちを育てることは、実は大変です。私たちは君たちがいるから、しんどいと思うことがあります。君たちが病気をしたら、仕事を休みます。そしたら怒られます。それでも、君たちが生きているから、私たちは仕事ができるのです」

 「仕事がしんどかった日に、寝付かない君たちをずっと抱いているのは辛かったけれど、生きている君たちを抱けることを、私たちは幸せだと思いました。君たちの重さは命の重さです。幸せの重さです。君たちは生きていることで、私たちに生きる力と喜びをくれました。だから君たちに、今日ここで、お礼を言わせてください」

 「ありがとう。生きていてくれてありがとう」

 父さんはぼくたちに、丁寧にお辞儀をした。父さんにつられて、友だちの何人かがお辞儀をした。先生やみんなのお母さんたちの中には、泣いている人がいた。ともだちは、不思議そうな顔をしていた。






 あれから何年か経った。このごろ、父さんは、ぼくのことをよく叱る。「何回同じことを言わせるんだ」母さんも同じように怒る。「生きていてくれてありがとう」って、父さんは今でも思っているのかな?卒園式に来ていた大人は覚えているかな?

 大人はいっぱい忘れる。いっぱい泣いた日があったことを、父さんだっていつか忘れてしまうかもしれない。ぼくも忘れてしまいそうで怖い。

 でも忘れないで。忘れさせないで、父さん。とっても大切なことでしょう?泣いたことは内緒にしてあげる。だから、時々お話して。大切なこと、お話してよ!

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