これからの『私』づくり

岐阜県関市立桜ケ丘中学校  3年3組 各務めぐみ

 

  私は二人姉妹の二番目なので、わりと人にまかせておけばいいや、私が動かなくてもなんとかなる、というところがあります。そのことは、以前に母から指摘されて確かにそうだと気がついていたことです。けれど最近、それだけでは済まされないと感じる出来事がありました。
   それは中一の夏に曾祖父が脳腫瘍で寝たきりになったときのことです。祖母や母や「よく手伝ってくれた」と言ってくれたのですが、私は汚いな、やりたくないな、と思って何回も逃げて人任せにしてしまいました。そのことをお葬式のときにすごく後悔し、お焼香で立ち上がったときには、私でも、もっとおじいちゃんが心地よく過せるようなことができたんじゃないかと思い、涙がとまりませんでした。
   もっといろいろな話をすれば良かった、母や祖母に呼ばれたときに手伝いに行くだけじゃなくて、ちょくちょくおじいちゃんの寝ている部屋をのぞきに行けば良かった、そうすればおじいちゃんも一人で寝ているだけじゃなくてもう少し楽しく過せたのではないかといろいろ考えました。でも、そんなおじいちゃんの役に立ちたいと思っても、相手が何を考えているのか、どんなことをすればいいのかも分からなくて、手が出せない、身動きのとれない状態でした。とてももどかしく、なんとかできないものかと思っていたのでした。
    家族の人が病気になったときには、なにもできずに突っ立っていたり、いやなことから逃げているだけで、後悔ばかりして終わってしまうなんていやです。それに、一歩退いてしまう私の人付き合いのへたなところも、なにか自信のつくようなことに挑戦してみたら多少変わるかもしれないと考えました。そこで消防署で行われた「心 肺蘇生法の講習」を受けてみることにしました。夏休みに四日間あった受講日の初日には、最終日の試験があると言われて、これはがんばらなくちゃ、とはりきって頭をフル回転させていました。すると二日目の朝、 母に「あんた昨日の夜、寝言で『五回に一回』ってつぶやいとったよ」と言われて、 私って今までこんなに勉強したことないよなぁ、我ながらすごいな、と思ってしまい ました。ちなにみ「五回に一回」というのは心肺蘇生法を二人でするときの心臓マッサージと人工呼吸の回数のことで、この講習では、他にも包帯の巻き方や止血の方法、ケガ人の運び方など、いろいろなことを教えていただけて、私にとって、とても貴重な経験になりました。
   寝言にまで出てきたかいがあった、なんとか三年間の期限つきの資格がとれました。講習の最後の日に「命をつなぐ会」という心肺蘇生法を広めるために活動しているボランティアの人たちの話を聞きました。その会に入れば、講習の手伝いをすることで自信もつくかもしれないし、習ったことも忘れないだろうと思います。でも、今はまだ大勢の知らない人たちの中へ入っていく勇気が持てなくて、その会に入る決
心がつかず、せっかくとれた資格も宝の持ち腐れになっています。
   今までのこのことを振り返ってみると、私がこの講習を受けようと思った理由の一つ、「介護に役立ちたい」、というのは、ほんの少しだけれど自信がもてるようになりました。しかし、もう一歩進めて「積極的に人と付きあえるようにしたい」、「私の中のいやなところを人任せにしたり、やらなくてもなんとかなると考えてしまわないようにしたい」、ということは残ったままです。これらを変えていくには、普段の生活の「お風呂洗ってきて」と母に言われたときに姉に「お姉ちゃん。やってきてくれない」と言ってしまうあたりから気をつけていかなければいけないし、出来ないと思うことでも少しずつ努力することで、自信もついてくるのではないかと思います。
   実社会に出たときに、人に迷惑をかけず、少しでも人の役に立てるように、これからの学校生活で授業中の発言を多くしたり、委員会活動や地域のボランティア活動にもっと積極的に参加して、たくさんの人と関わり、いろいろな経験を積み、自分に自信のもてる人間になりたいと思います。
   この主張作文が学校代表に選ばれたと聞いたときには、とてもびっくりして、私にそんなすごいことができるんだろうか、と感じました。でも、これに挑戦することが、私の弱点を克服するための大きな一歩になると思いました。
   ここで私の考えをみなさんに聞いていただけたことを、これからの「私」づくりの大きなはげみとしてがんばっていきたいと思います。今日は、私の主張を聞いて下さってありがとうございました。