病理学の立場から

 


SIDSに遭遇したら一病理学の立場から一

 

大阪府立母子保健総合医療センター検査科1)

中山雅弘1)

 

Key words:SIDSの剖検方法,SIDSの病理所見,小児病院とSIDS,周産期センターとSIDS,SIDSの心臓所見

 

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  Aはじめに Aへ

  BSIDSの剖検 Bへ

  C母子センターにおけるSlDSの経験例 Cへ

  D病理所見の標準化と今後の課題 Dへ

  E参考文献 Eへ

 

概要

病死を扱う学問は一般的には病理学の領域である.日本の体制では,法医学と病理学は切り離された形で存在しており,現状では法医・法医学者が大部分の現場を担当している.今後は,法医と病理医の密接な協力関係で行うことが重要である.

SIDSの解剖では,臨床検査・X線検査等は診断のためと今後の研究のために可能性のあるものは全て行うべきである.肝臓,肺,脳などの急速凍結標本を保存しておくことを,ルーティーンの作業の中に組み入れることが必要と考える.

ついで,臓器の所見の標準化の問題点を述べた.SIDSの病理の診断基準の普及が必要と考えられる.病理学の立場からSIDSへの対応を述べた.

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はじめに

SIDSが疑われる症例に遭遇したときに正しい病理診断に至る過程について述べる.まず,SIDSの病理解剖の方法論あるいは特殊検査の必要性について述べる.

狭義のSIDSの定義は「それまでの健康状態及び既往歴から全く予想できずしかも剖検によってもその原因が不詳である乳幼児の突然の死をもたらした症候群」とされており,除外診断である.この除外診断は解剖を担当する医師にとっては,大変に難しい事である.

 

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SIDSの剖検

SIDSは剖検によって診断される数少ない内因性の疾患(病死)である.剖検の必要性は言うまでもないが,表1にSIDSの家族の会の剖検の必要性に関するパンフレットの抜粋を示す1).解剖担当医は,丁寧な剖検を行い,正確な診断をし,十分な説明が要求される.

病死を扱う学問は一般的には病理学の領域である.

従って,病理医・病理学者が診断・研究を行うのが,本来的とも考えられるが,日本の体制では,従来から法医学と病理学は切り離された形で存在しており,現状では法医・法医学者が大部分の現場を担当している.このような体制は今後も継続されると考えられるので,各地域において,法医と病理医の密接な協力関係で行うことが重要である.

SIDSの解剖では剖検医は臨床検査・X線検査等で死後に行える可能性のあるものはできるだけ施行せねばならない(表2)2).

全身骨のX線撮影は,虐待児の診断には欠かせないものである.尿検査や血液検査等も場合によっては施行できることもあり,眼房水の検査も血中の電解質や血糖を反映する.血清もできるだけ保存して残しておくべきである,肝臓,肺,脳などの急速凍結標本を保存しておくことを,ルーティーンの作業の中に組み入れることが必要と考える.急速凍結標本の意義としては,@必要とあれば,15分程度で,組織標本が作製できる.A蛍光抗体や酵素抗体などの免疫組織化学染色に対応できる.B遺伝子異常の検索(PCR,m-RNAなど)が行える.C酵素やホルモンの分析が可能である.Dウイルスやバクテリアの検索ができる,など幅広い用途がある.

剖検においても,これまでは,通常の特殊な方法を用いない,いわば最小限の方法で,SIDSの診断がなされてきた(死因となる病変が見られないということで).数多くの症例を収集することも必要であるが,症例の集積の質を高めることも重要である.図1に一般的な病理標本の取り扱い方を示す.これからはSIDSの病理検体の取り扱いについてもこのようなアプローチが重要である.そのためには,監察医務院を始め,全国のSIDSを扱う可能性のある施設で,先に述べたX線撮影装置や血清分離のための機器,瞬間凍結が行えて,その保存も行える体制が必要と考えられる.

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母子センターにおけるSlDSの経験例

SIDSは小児病院や周産期センターとどの様に関わりがあるかという点につき当センターの事例を中心に説明する.低出生体重がSIDSの危険因子である事はよく知られている.われわれは,1981年から1991年に出生し当センターの新生児集中治療室(NICU)を生存退院した総患者数は3,011人で,死亡例の中で乳児の突然死は17例と最も多い(表3)3〕.

出生体重2,500g未満未熟児(先天奇形・合併奇形を除く)に限ると,生存退院数は2,003名であり,8例が乳児の突然死であった.これらの児の周産期要因,死亡状況や母体情報を表4に示した.症例1から3は当センターで病理解剖がなされ,また症例4は司法解剖にて狭義のSIDSと診断された.症例5は司法解剖にて窒息とされたが既往歴や状況証拠からSIDSの方が可能性が高いと思われる.SIDSの病理学的診断基準案では窒息死と言う判断は慎重に行うべきとされている.症例6から8までは他院にて蘇生を受けそれぞれ診断をつけられているが,状況から広義のSIDSと考えられる.しかしながら症例6は父親の暴力,経済的困窮,症例7は前児も死亡,後に次の子の虐待が疑われるなどのリスクがあった.こうした情報を救急病院の初診で把握する事は通常不可能であり,乳幼児の突然死やALTEの発生を見れば,前医またはかかりつけの医師に連絡する事も重要である.いずれにせよ乳幼児の突然死に遭遇すれば解剖(外因性の可能性が低ければ病理解剖が望ましい)を行う事が鉄則と言っても過言ではない.

未熟性の無呼吸発作とSIDSの相関が意外に低い事は以前から言われている.われわれの例も症例5を除き無呼吸発作は修正36週までに終息しており,無呼吸発作の期間だけでSIDSのハイリスク群をスクリーニングする事は困難である.

周産期センター退院のベビーは,やはり突然死のリスクが高く,これは病院のフォローアップの体制とも深く関わっており,その重要性を再認識させられる.

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病理所見の標準化と今後の課題

ついで,臓器の所見の標準化の問題がある.数年前に,肺が充分に検索された症例を対象として病名と肺組織の対応を行った.肺組織を細胞浸潤・肺水腫・肺気腫・無気肺・出血・間質浮腫の程度で再評価した.結果は,細胞浸潤や浮腫・出血等の肺の病理所見において,SIDSと診断されていた群(32例)と肺炎と診断されていた群(24例)で全く差異は見られなかった4).

肺の所見では,肺炎・気管支炎や肺出血がときに,鑑別診断として重要である.SIDSとこれらの疾患との考え方については,本誌に掲載されているSIDS学会症例検討委員会編「乳幼児突然死症例・診断の手引き」を参照されたい.

国際疾病分類(ICD-10)において,SIDSの診断項目が採用されるにともない,SIDSの府県別頻度が毎年公表されているが,各県において非常にばらつきが大きく,おそらくSIDSの診断の標準化がまだまだ不十分であることが推測される5).以前に行った大阪府の突然死の統計においても,各地域の医師の診断基準が大きく異なっていた6).

一方,上記のようないわば基本的な診断に関わる問題(SIDSの病名の理解度も含め)とともに,専門家でも難渋するケースがあることも事実である.

心臓の肥大や拡張が異常所見かどうかについて,診断に難渋するケースも多い.次に述べる2例は,SIDSか心筋症かきわめて難しかった例である,症例1は,38週,2,185gのIUGRである.出生直後に.低血糖と四肢の著明なリンパ浮腫を認めた.染色体検査にてターナー症候群の診断がなされ,31日目に退院し1ヶ月検診でも異常はなかった.2ヶ月時に自宅でうつぶせになって死亡しているのが発見された.心臓は,左室(9mm),中隔(10mm)と厚かった.

症例2も2ヶ月で,母親が起床して母乳を与えようとすると冷たくなっていたという.新生児期の異常は軽い黄疸のみであった,剖検でも左心室(10mm),中隔(10mm)ときわめて厚く,左室腔はほとんど認めなかった(図2).組織学的には,典型的な心筋症の所見は得られなかった.

当科では,体重500g以上の剖検例すべてに心臓の計測を行っている.SIDSの心臓計測の結果を表5に示す.心肥大が,SIDSの範囲内でのものかあるいは心筋症と診断するか難しいが,いずれにせよ,SIDSで,ある程度の心肥大を来すという知識や基準値を持って突然死症例の診断をするべきである.このような診断難渋例に当たっては,今後もSIDS学会等の症例検討会での議論が必要であろう.

SIDSの病理所見は明らかな肉眼および顕微鏡所見に欠けており,生存児での研究は困難であり,動物モデルはない,

おそらく,通常のメカニズム(激烈な感染や代謝異常や窒息など)と異なる死因が推定される.

今後は,新たな方法論として,呼吸調節に関与する細胞内レベルでの研究や肺動脈圧の調整に関与する物質などの研究が重要であろう.

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参考文献

1)SIDS家族の会:あなたがSIDSに出会ったら心のサポートのためのガイドライン,1995

2)中山雅弘,和田和子,河野朗久:乳幼児突然死症候群(SIDS).救急医学1993;17:1480-1484

3)和田和子,藤村正哲,岡本伸彦:NICU退院後の死亡症例の検討.日本新生児会誌1994;30:784-789

4)中山雅弘:乳児突然死症候群について.法医病理1996;2:35-49

5)厚生省大臣官房統計情報部編:平成10年人口動態統計,厚生統計協会

6)中田健,桑山真輝,和田晃一,河野朗久,中山雅弘:大阪府下の乳幼児変死症例(280例)の疫学的研究一特に乳幼児突然死症候群(SIDS)を中心として一.小児科臨床1996;49:1897-1902

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