看護婦の立場から

 


SIDSに遭遇したら―看護婦の立場から一

 

川口市立医療センターNICUl〕,救命救急センター2),小児病棟3〕

 

村岡美紀子1),高野明代2),杉村道代3)

 

Key words:SIDS,ファミリーサポート,ホームモニター

 

  @概要 @へ

  Aはじめに Aへ

  B救命救急センターにおいて Bへ

  CCPC(clinical pathological conference:臨床病理 Cへ

  D同胞への配慮 Dへ

  E症例 Eへ

  Fおわりに Fへ

  G参考文献 Gへ

 

概要

SIDSの児と両親に提供できる看護として,(1)救急救命センターにおける救命処置と両親への説明,(2)その後のフォローとして,家族の会やNICU医師の紹介,次子への配慮としてホームモニタリング等の説明を行っている.看護婦が密に関わることは難しい場面であるが,両親が子供の死と向き合い乗り越えていくためには看護婦の関わりが必要不可欠である.

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はじめに

川口市立医療センター(以下当院)の救命救急センターでは,平成6年5月1日開設から平成10年10月までの4年6ヶ月に17例のSIDSおよびSIDSと思われる児が蘇生のためあるいは死亡確認のために搬送されてきた.

救急隊により病院に搬送された児は死亡が宣告され,通常は医師と警察,病院事務によってその後の手続がなされる.一般的に病院では,そこに看護婦が密にかかわる事は少ないのではないかと考えられる.しかし,家族のその後の精神面での立ち直りは,この激しい混乱にさらされている時期に接した人々の対応が大きく影響を与えるとさえ言われており,家族が我が子の死と真正面から向き合い,乗り越えていくためには,看護婦の関わりは必要不可欠と思われる.

当院におけるSIDSに対する看護婦の関わりについて述べる(図1).

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救命救急センターにおいて

当院では内因性CPAOA(cardiopulmonary arrest on arrival:来院時心肺停止)患者の入室は,救命救急センターのホットラインを通じ,救急隊から搬送要請を受けて行われる.その時点で1歳以下の内因性CPAOAが推測される場合には,NICUの医師へ応援依頼する.初療室に入室してからは,関節の硬直や死斑の出現がない限り気管内挿管,血管確保,心臓マッサージなどCPR(cardiopulmonary resuscitation:心肺蘇生)が行われる.入室から死亡確認までの時間は,CPRを施行しなかった症例を除くと,30分から132分である.

この間,看護婦として行うことは,@初期看護,A救急隊,家族からの情報収集,B両親への逐次,適切な説明の3点である.SIDSは事故と同様に必ずしも両親がそろっているときに起るとは限らない.どちらかといえば,育児を任されている母親と過ごす時間が長いため,母親ひとりの時が多い.今まで元気であった子どもが突然の死にさらされ,母親は動揺してしまうと同時に自分が過失を犯したのではないかという自責の念にかられやすい.児の初療室入室後,初療看護を行うと同時に,現病歴,既往歴など詳細を母親から聴取する際には,なお一層言動に細心の注意を払いながら行っている.しかし,動揺している母親から詳細を聴取することは難しく,今初療室で何が行われているか,そしてスタッフが一生懸命に処置をしていることなどを伝え,母親の気持ちを落ち着かせ,父親やその他の家族に連絡をとることを勧めるに留まってしまうこともしばしばである.

医師による死亡確認と宣告後は,家族と児との時間をなるべく多く持てるようにしている.ルート類を外すためいったん退室してもらいできるだけ待たせずに面会してもらっている.スタッフがその場を離れる時は必ず声をかけ,何か困ったことがあったり,戸惑うことがあったりしたときは,すぐ近くにいることを伝えてから離れている.医師から家族への経過説明後,解剖の必要性が話される.とくにSIDSが疑われるケースでは,救命救急センターの医師とNICUの医師双方からそれぞれの立場説明がなされる.SIDSの診断のためには剖検が必須であること,SIDSであれば事故や保護者の不注意ではないこと,剖検によって隠れていた病気が見つかることもあることなどを説明している.この時も看護婦が付き添えるようにつとめている.剖検の承諾が得られた場合,その結果は肉眼的所見を話すのみにしている.剖検を承諾した場合も拒否された場合も,最後にはSIDS家族の会のことやSIDS相談の窓口としてNICUの医師が存在することを紹介している.

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CPC(clinical pathological conference:臨床病理検討会)後の説明

病理の最終結果が出てCPCが終わった時点で最終的な説明が家族に対し行われる.この時にも看護婦が出席するようにしている.剖検の詳しい結果に加え,今後何か疑問があれば説明をした医師に連絡をすること,次子がSIDSになるリスクは高くないが,次子を妊娠したら必ず連絡をすること(ホームモニタリングについても説明)などを話している.

 

同胞への配慮

SIDSの次子を妊娠したらNICUの医師に連絡が入り,両親で来院してもらっている,両親の希望に応じホームモニタリングの指導や蘇生講習の受講を勧めている.ほとんどの両親がモニタリングを希望している.同胞がたまたまNICUに入院した場合,プライマリー看護婦が中心となり指導しているが,通常の場合はSIDS外来においてNICUの医師が指導している.

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症例

Y.O.君7ヶ月男児

在胎39週4日,3,410gで正常分娩にて出生.1ヶ月は混合栄養で,その後は人工栄養であり,成長,発達には異常はなかった.普段は大人用のベッドで落ちないように布団で囲っていた.暑がりなのでエアコンのある部屋に一人で寝かせていた.

前夜,20時30分にミルクを200m1飲み,23時30分にいつもより遅めに入眠した.この時エアコンはつけていなかった.翌日9時頃,いつも通りベッドの上にいてタオルが巻きついた状態であり,腹臥位で足のみ外から見えており冷たくなっているのを祖母が発見した(その日は7ヶ月検診のため祖母が泊りに来ていた).シーツに10円玉大の淡血性のしみがあった.9時16分,119番通報.9時33分救命救急センター到着.気管内挿管,ボスミン気管内投与,血管確保困難のため骨髄針にて輸液ライン確保,心臓マッサージを行った.10時5分死亡確認.父親は仕事に行っており,連絡は祖母からついていた.10時15分,父親が到着したのを待って両親そろって面会,死亡宣告を行った.その後,しばらくの間個室に移り両親に抱かれ家族だけの時を過ごされた.

所轄警察署に連絡し,警察官が来院,父親と祖母は現場検証のため帰宅した.父親が戻ってきてから家族相談室にて剖検の説明を行った.両親は茫然としており,父親は夜中に一度目を覚ましたが児の様子を見に行かなかったのを後悔していた.また,警官から体位,気温,湿度などの状況を聴取されており,何がいけなかったのかを非常に気にしていた.剖検に対しては母親は拒否的で,父親は非常に迷っていた.この時の医師の説明は,事故でなく病気で亡くなったことを証明しなければならないこと,今しかそれができないこと,他に病気が見つかることもあること,何故児が死ななければならなかったのかということは児のためにもはっきりさせてあげなければならないこと,であった.しばらく二人で話す時間が欲しいとのことで,医師と看護婦は場を辞した.父よりもう一度話がしたいと声がかかり医師と看護婦が家族相談室に入り,再度面談を始めた.父は「剖検の必要性に関しては理解できた.二人で相談した結果剖検をしてもらいたいと思うが,可能な限り顔には傷をつけないで欲しい」と言われた.そこで医師より剖検には一時間半くらいかかること,顔には傷を付けないが,脳を見るために頭皮には傷がつくこと,そのため帽子を準備して欲しいことなどについて話があった.13時7分から剖検が開始された.剖検が終ると家族相談室で,医師から肉眼的所見に基づく説明と,乳幼児突然死症候群を直接死因とする死体検案書が渡された.両親は,医師,看護婦とともに霊安室に下り,児と面会した.両親は児をだきしめ,医師,看護婦が焼香をしている間,目を伏せていた.児は医師と看護婦に見送られ父の運転する自家用車で帰宅した.

およそ6ヶ月後,CPCが終わり両親に連絡をとり,再度来院してもらった(写真1).医師より病理の最終報告に基づいた説明が行われた.剖検の結果,奇形,先天異常は認められず,心肺など各臓器にも病変はみられずSIDSと診断されたことが報告された.看護婦が家族の近況を聞くと,児の写真をいつも持ち歩き,一日たりとも忘れたことはない.兄も今でも弟が生きているかのように写真に向かって話しかけるときがある,など家族で撮った写真を見せながら話してくれた.また,剖検をしたことに後悔はなかったかとの問いに後悔はしていないが,児を抱いたときに軽く感じたのが悲しかった,顔色の変化や遺体の傷み方が早かったのは剖検のせいではないかと思った,との答えが聞かれた.

NICUの医師より病理医に配慮してもらうよう伝えることと,遺体の変化が早かったのは気温や湿度が高いせいで,むしろ剖検をした時のほうが傷み方が遅くなることを説明した.最後に病院慰霊祭の後に行われるNICU主催の家族の会について紹介した.

 

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おわりに

当院における看護婦の関わりについて述べたが,常にこのような対応ができているわけではなく,休日や夜間などマンパワーの不足により十分な環境と看護を提供することができない時があり今後の課題である.看護婦が,SIDSで子どもを亡くした両親に対し十分な精神的ケアを行いたいと思う時,日常業務の枠を越えなければならない.しかし,たとえそうであっても深い悲しみの中にある両親と共に悲しみ,共に乗り越えていくことが,亡くなった子どもと両親に対する看護婦の役割であろう.今後も家族との関わりを持ち続けたいと考えている.

 

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参考文献

1)ゴールディングJほか著,戸苅創監修:乳幼児突然死症候群その解明とファミリーサポートのために.1995,メディカ出版,大阪

2)仁志田博司:乳幼児突然死症候群とその家族のために.1995,東京書籍,東京

3)仁志田博司・編著,坂上正道ほか・監修:SIDSの手引.1993,東京医学社,東京

4)SIDS家族の会:あなたがSIDSに出会ったら,心のサポートのためのガイドライン,1995

5)村岡美紀子ほか:川口市立医療センターでの乳幼児突然死症候群の取り組み.小児看護1999;22:38-45

6)山南貞夫:乳幼児突然死症候群.小児看護1999;22(6):714-718

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