救急医療の立場から

 


SIDSに遭遇したら一救急医療の立場から一

 

北九州市立八幡病院救命救急センター小児科1)

 

市川光太郎1)

 

Key words:小児CPAOA,小児救急医療体制の不備,basic life support(BLS)

解剖診断の画一化,行政解剖の義務化

 

  @概要  @ヘ

  A緒言 Aヘ

  B方法と結果 Bヘ

  C考察 Cヘ

  D結語 Dヘ

  E参考文献 Eヘ

 

概要

SIDSに遭遇した場合の小児救急医療現場における,種々の問題点を検討し,最善の対応を行うための課題を考察してみた.

小児救急医療現場でのSIDS遭遇頻度は全小児救急患者おおよそ10,000人に1人であるが,小児救急医療体制の不備や小児科医不足と相まって,十分な対応がなされていないのが現状である.検査未施行例をはじめ,解剖施行率が低く,解剖診断の不画一性も加わり,救急医療現場では安易に臨床診断に流れている危険性が否めない.この防止に救急医療体制の拡充を含め,問診マニュアルの履行や救急室での治療マニュアルの作成,医療福祉職の導入による解剖率や家族支援の向上,さらには臨床データおよび解剖データの中央集積化を行い,症例の全国登録制度化が理想である.

 このページのTOPへ

緒言

小児救急医療現場においても,いわゆる突然死に遭遇することは決して稀ではない.小児の突然死はその多くは2歳以下の乳幼児が多く,その中でも乳幼児突然死症候群(以下,SIDSと略す)と診断される症例がおおよそ半数以上を占めている.小児救急医において小児の突然死に対する対応はその頻度からもすなわちSIDSに対する対応に他ならない一面があるが,現在の小児救急医療の実態では決して小児救急医がSIDSに十分に対応できているとは考えられない.そこで,救急医療現場でのSIDSへの対応の問題点・課題の検討は小児救急医療そのものの改善充実に直結することとなる.ここで小児救急医療現場でSIDSに遭遇する頻度をはじめとして,遭遇した場合の現状における問題点を整理・考察し,小児救急医療現場における,今後のSIDSのより良い対応ための課題を検討してみた.

 このページのTOPへ

方法と結果

実際の救急医療現場における乳児突然死の頻度,突然死症例の対応と問題点,救急医療現場におけるSIDS診断の現状と問題点,および今後の課題などの項目について検討を行ってみた.

救命救急センターに搬入される搬入時心肺機能停止症例(以下,CPAOAと略す)における,小児CPAOAの頻度は全国平均で約5.0%程度であることが知られていたが,われわれの施設では5.5%であった(表1).また,小児救急医療における小児CPAOAの頻度を検討してみると,救急入院を要する小児救急入院児の約1%を小児CPAOAが占めることが判った(表2).一方,急患センターなど初期救急機関における小児救急患者の入院率は約3.0%であることも知られている1).すなわち,急患センターなどを受診する初期救急患者を含めた,全小児救急患者において約3000人に1人の割合で小児CPAOAが発生していることになる(表2).

一方,小児CPAOAの年齢分布は自験例でも2歳以下が60.6%を占めていたように(表3),その過半数が乳幼児であることも知られている.さらに2歳以下の乳幼児CPAOAの原因疾患ではSIDSがその半数を占め,他には溺水,虐待などがみられている(表3).すなわち,小児CPAOAにおけるSIDSの頻度はその3人に1人の割合となる.すなわち,表1〜3の検討から,小児救急医療現場では小児全体の救急患者おおよそ10,000人に1人の頻度でSIDSに遭遇することが予想される.

救急医療現場において,SIDS搬入時の問題点は搬入される時間帯は70%以上が人手の少ない夜間当直帯であることも加え,現時点の救急医療体制ではその対応の多くの場合が不十分になると思われた.このことは当センターを含めた10施設へのSIDSアンケート調査において,SIDS症例搬入時に,十分な検査が行われた症例はわずかに14.0%で,血液検査さえも45.2%にしか施行されていなかった(表4).今回は調査していないが血液検査も十分に出来ない状態を考えると,頭部CTなどの画像検査を行っている率は血液検査施行より,もっと低いものと考えられる.

さらに,アンケート調査の93例のSIDS症例において,司法解剖・行政解剖が18.3%,病理解剖が20.4%と剖検率が極めて低いことが判り(表5),SIDSの診断における問題点として考えられた.加えて,行政解剖制度のない地区では司法解剖・行政解剖の決定権は検視官の裁量に委ねられ,いわゆるSIDS症例は刑事的責任が少ないということで現場検証や法医解剖

が行われにくい傾向が強い.たとえ,法医解剖が可能であっても検察・警察の意向が多く反映され,その診断の信愚性は懐疑的な部分が多く,法医解剖においては臨床医との議論の場がないことも大きな問題である.病理解剖においてもその診断の困難性は多く報告されてきた.法医解剖および病理解剖において,全国的に統一された解剖診断は望めないのが現状と言える.

 このページのTOPへ

考察

実際,小児救急医療現場において,SIDSに遭遇する頻度は全小児救急患者10,000人におおよそ1人の頻度であることが判った.このような症例の多くは発見から救急隊要請までに的確なBystander basic life supportが行われた症例は皆無に等しく,一般市民,特に両親のbasic life support(BLS)の技術獲得やその普及の啓蒙が必要である.さらに救急救命士においてもその特定行為の乳幼児での技術向上も必要と考えられる2).また,小児救急医療体制は不十分な地区が多く,特にそのマンパワー不足が指摘されている3,4〕.しかもSIDSは夜間から早朝にかけての当直帯に発症・搬入が多いこともあり,対応する小児科医のマンパワー不足は否めず,採血さえ施行されていない症例が半数近くもみられたことは救命処置のみに追われてしまっていることを表している.このような状況では正しい臨床診断あるいは十分な問診による発症時状況の判断は難しいことを意味し,SIDSの病因検索をさらに困難にしていると考えられる.少ないマンパワーで有用な発症状況や症例の基礎データ収集のためには,統一されたSIDS問診マニュアルなどを全国的に普及させ,貴重な症例が埋もれないようにすべきである5).

SIDSの診断に解剖所見は必須であるが,幼い命を失って混乱している家族から病理解剖の同意を得るには極めて時間をかけて,丁寧且つ懇切な説明が必要である.しかし,上記のような救急医療現場において,その時間的余裕や人的余裕がないのが現状であり,一般の救急医療現場では救命処置と臨床診断が行われるのが精一杯の状態である6).そこで,救急医療現場に保健福祉関係の専門職を導入することが必要である.これにより,人的不足の医療従事者に代わって,解剖率の向上をも視野に入れ,その後の家族支援への対応を含めた,救急医療における福祉医療面の充実を図るべき7)で,ことさら小児救急医療では必要と考えられる(表6).一方ではSIDSにおいても法医解剖が必要である8)という,意識の向上を検視官を含めた検察・警察当局に啓蒙していくことも必要である.無論,行政解剖制度が全国的に普及し,乳児突然死において全例解剖の義務化が行われることが,今後SIDSの疫学的調査やその病態解明に極めて重要なことと考えられ,各々の自治体での条例化などの取り組みが期待される.また,病理解剖,法医解剖に関わらず,乳幼児突然死全体の解剖診断マニュアルが早期に作成され,全国的に統一された診断基準で診断されること9)が望まれる(表7).死亡でしか診断が確定しない貴重なSIDS症例を無駄にせず,かつ早期の的確な予防や撲滅のためには最終的にはSIDS症例登録制のセンター化を行い,疫学的因子や搬入時検査データの中央での分析や,保存検体の解析,あるいは解剖時の検体保存と一局集中型解析が行われることが理想である(表7).

 このページのTOPへ

結語

小児救急医療現場ではSIDSに遭遇することは救急患者1万人に1人と稀ではないが,その体制不備やマンパワー不足から十分な対応が出来ず,疫学因子や検査データの収集が不足したり,解剖の獲得が約40%と極めて低い結果となっている.これらの改善のために,乳幼児突然死症例の行政解剖の義務化や症例登録制の導入などを行い,症例の臨床的因子や検査データ,解剖所見やその診断などの中央集積化を含めて,学会事務局などでのSIDS症例の一極集中管理が望まれる.

 

参考文献

1)今村徳夫,桑野聡,市川光太郎ほか:併設型急患センターでの小児科稼働状況.小児科診療1999;62:1541-1545

2)市川光太郎,山田至康,田中哲郎:全国救急救命士における病院前小児救急医療の実態調査.小児科診療1999;62:1055-1060

3)市川光太郎,山田至康,田中哲郎ほか:小児救急医療の実態調査一第一報;全国病院での小児救急医療の現状と問題点一.小児科診療1998;61:278-282

4)市川光太郎,山田至康,田中哲郎ほか:小児救急医療の実態調査一第二報;全国病院での小児救急医療の現状と問題点一.小児科診療1998;61:285-289

5)山中龍宏,市川光太郎,太神和広ほか.SIDSサーベイランスをめざして.小児内科1998;30:478-484

6)市川光太郎,石橋紳作,池澤滋ほか:1歳未満の来院時心肺機能停止症例(CPAOA)15例の検討.小児科診療1998;61:426-430

7)河野朗久:乳幼児の突然死に遭遇したとき.小児科診療2000;63:327-334

8)河野朗久:監察医からみた乳幼児突然死の鑑別診断.小児内科1998;30:505-510

9)澤口聡子,澤口彰子:乳幼児突然死の国際標準解剖マニュアル.小児内科1998;30:511-519

このページのTOPへ