監察医の立場から

 


SIDSに遭遇したら一監察医の立場から一

 

東京都監察医務院1)

勾坂馨1),濱松晶彦1)

Key words: SIDS, Medical Examiner

 

  @概要  @へ

  Aはじめに Aへ

  B東京23区におけるSIDSの趨勢と乳児突然死の届出 Bへ

  C乳児突然死届出の地域差 Cへ

  D監察医によるSIDS診断の個人差 Dへ

  Eまとめにかえて Eへ

 

概要

過去10年間に東京都監察医務院で扱った1歳未満の乳児検案は年間約80〜50件,解剖は60〜40件であり,剖検率は約80%と極めて高い.剖検によってSIDSと診断される事例は約50%であり,以下心奇形と呼吸器疾患が続く.1994年,SIDSの診断は解剖によることとされたので,東京23区ではこの年を契機に死因不明として乳児死亡届出が急増すると予想したがそのような事実はなかった.23区と他の2県を比較すると,出生率や乳児死亡率に差がないにもかかわらず,乳児死亡の届出数には著差があり,地域により届出が適切でないことが推測される.乳児剖検20件以上を扱った監察医6名のSIDS診断率は62%から31%の範囲にあった.乳幼児はしばしば軽度の呼吸器疾患に罹患していることがあり,肺標本の採取部位の違いと組織学的所見をどう判断するかによって,SIDS診断の差が生ずるものと考えられる.

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はじめに

東京23区の監察医制度では,外因死の全てと,病死ではあるが死因が確定していない事例はすべてが警察に届けられて検視を受けた後,当院の検案(事例によっては引き続いて解剖)を受ける.監察医は生きている乳児や急激に心肺機能が低下した乳児を見る機会はない.死亡した乳児の検査から生前あるいは死亡直前の状況を推測するのみである.監察医制度のもとで,正確にSIDSが診断されるためには,@遺族・病院医師・一般人から警察に適切に届けられること,A検視・検案が正しくなされること,B検案によって解剖が必要とされた事例について,解剖医が適切な診断を下すこと,などいくつかのステップがあるので本稿で述べたい.

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東京23区におけるSIDSの趨勢と乳児突然死の届出

当院で扱う1歳未満の乳児の検案数は年間約80〜50件,解剖は60〜40件である.これらの検査結果は当院の死因統計データベースに収録されている.このデータベースはICD(Intemational Classification of Diseases)に準拠しているが,1995年にICD-9はICD-10に変更となりここにはSIDSも採録されている.SIDSの診断は,1994年以降解剖によっても死因となる所見が認められないことと,死亡時の周囲の状況などを勘案して行うことになっている.表1に当院扱いの過去10年間の検案数と解剖数およびSIDS数を示した.東京23区における出生率は0.0081(1992年)であり全国平均(0.0098)に比較すると極端に低いということではない.表1にある司法解剖事例は,当院による検案後に都内の大学法医学教室で解剖に付されるので,死因については本稿では触れない.当院における検案死体の解剖率は約25%であるのに対して乳児では80%以上であり,乳児検査の特殊性といってもよい.解剖によってSIDSと診断される事例はおおむね50%前後である.つまり解剖した事例の約半数において,何らかの異常所見が認められて死因が確定することになる.乳児の司法解剖は1992年から急増の傾向にあり,これは託児所などの施設での死亡の増加によるものであろう.司法解剖の結果はその目的上死因などの結果が当院に報告・記録されることはない.

厚生省は,1994年まで広義のSIDS(検案による診断)と狭義のSIDS(解剖による診断)とを認めていた.臨床医は,救急車で乳児が搬入されたとき,母から生前の経過を聞きSIDSと判断できれば,これは病死なので届出の必要がなかった.その後広義のSIDSは廃止されたので,臨床的にSIDSと診断できなくなった.したがって,1994年を契機に乳児死亡の届出が急増することが予測された.ところが,表1に示した当院扱いの乳児数からは1994年以後に検案数が急増する傾向は認められない.このことは,1994年以後において,臨床医から乳児突然死が適切に届けられていないことが疑われる.

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乳児突然死届出の地域差

前項で東京23区における事情を述べたが,23区以外ではどう扱われているのであろうか.そこで,著者(SK)が2年前まで司法解剖を担当していた宮城県とSKが某県(以下A県)の乳児突然死がからんだ民事事件で裁判所から鑑定命令をうけたとき,この県における乳児突然死の背景を調べたことがあったので,両県を比較の対象とすることにする.

3地区の1992年における出生数,出生率,乳児死亡数,乳児死亡率,届出数を表2に示した.前項にのべたように,3地区の出生率に大差はなく,また乳児死亡率にも著差はない.すなわち,この年に東京23区で66,018人の出生があり,乳児死亡282人のうち87人が外因死あるいは死因不明として届けられている(届出率24.8%).一方,宮城県・A県での届出率は14.3%,0%となっているが,これらは両県における司法解剖数である.したがって,これらを東京23区の届出数と比較するのは妥当ではない.ちなみにこの年の23区での司法解剖数は9件である.司法解剖は,届けられた事例の中で警察の判断で司法解剖に付された事例である.宮城県とA県では表に示された数値よりはより多数の届出があり,このうちの司法解剖数のみが表2に示されたと考えることができる.

23区で司法解剖になる事例はほとんどすべてが託児所などの施設内の急死である.一方,検案医が解剖によって死因究明が必要と判断する事例は,ほとんどすべてが自宅での急死である.公認ないし私設託児所数は県によって差があるのだろうが,1992年においてA県での司法解剖数が0,さらに1992から1994年までの司法解剖は1例にすぎなかったという事実は,23区と同様に考えれば3年間の施設内の乳児の死亡が1例ということになり,乳児死亡の地域差というよりは届出の不備があったというべきであろう.

3に,3地区における1994年前後の届出数の推移を示した.表1に23区ではSIDS診断基準の変更によって届出数の増加がなかったことを述べた.3地区の届出率(出生数に対する届出数,両県で出生数に対する司法解剖数で代用)を比較すると,宮城県では2.5%から3.1%に,A県では0.1%から8%に増加している.A県での届出率が80倍増加したということは,1994年を境にして乳児の不審死が急増したとは考えられないので,1994年以前の届出が適切でなかったと判断すべきであろう.

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監察医によるSIDS診断の個人差

当院の監察医は常勤医10名と非常勤医30数名からなる.これらの監察医のうち過去10年間(1994年までの6年間と1995年からの4年間)に20体以上の乳児の解剖を行った監察医6名について,SIDSと診断した事例数を比較してみた.参考までに11例を解剖した監察医1名についても併記した(表4).すなわち,SIDS診断率は62%から31%の範囲にある.A監察医は1994年までのSIDS診断率は28事例中12(43%)であったが,1995年以降には8事例中0と著しく低下しており,厚生省のSIDS診断基準の変更が影響したのかもしれない.参考までに併記したG監察医はl1例中10例にいてSIDSと診断している.

さて,表4の成績をもって各監察医のSIDS診断基準の暖昧さを強調するつもりはない.診断基準の検討は同一事例について,急死の状況,肉眼的所見,組織学的所見などを複数の監察医に公開し,他の監察医の意見の介入のない状況で診断しなければ正確な比較とはならない.とはいっても,表4から各監察医のSIDS診断基準が同一レベルにあるとはいえないのではないだろうか.

急死した乳児の解剖においてSIDSに次ぐ死因に,心奇形や呼吸器疾患がある.ちなみにKSが2年間に当院で解剖した事例は230件,そのなかで乳幼児事例は8例であり,その死因を表5に一覧した.これにはSIDSと診断した事例はないが,KSがSIDSという診断名を避けているのではない.それは表2において宮城県乳児死亡の約半数の解剖をKSが担当しており,解剖事例の約50%でSIDSと診断しているからである.

心奇形を診断することに監察医の個体差はあまりないとすると,判断の分かれば呼吸器疾患の捉え方であろう.乳幼児はしばしば軽度の呼吸器疾患に罹患していることがあり,肺の標本採取部位の違いと組織学的所見をどう判断するかによって,SIDSか呼吸器疾患とするか判断の分かれ目になる.表5の事例1,4,6などがそれに該当するであろう.

東京都監察医務院では,肉眼的に肺炎や気管支炎が疑われる場合には起炎菌の培養検査をroutine workとしている.しかし,健常部位の検体についての培養結果がどうでるか検討の余地が残されている.経費の問題が解決されるならば,細菌学的検査に止まらず今後はウイルスの検査の必要性が高まってくるであろう.

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まとめにかえて

乳児の突然死がSIDSであるか否かを監察医の立場から検討した.現行のSIDSの診断には少なからぬ問題があるといわなければならない.前出のA県のように,異状死がきちんと警察に届けられているかについて不安がある.視点を全国レベルに拡大したとき,この不安はさらに拡大するのではないだろうか.しかし,そうであるからといってこれまでのSIDSに関する研究報告は信じる価値がないということではない.例えばよくないが,氷山の一角を検討の対象としてきたきらいがある.

最近法医学会における研究グループが診断基準について提言を行っている.診断基準のstandardizationはSIDSに限らず臨床医学や病理学でも常在するこをであり,関係する研究者間での議論の継続が望まれる.

監察医制度では,急死した乳児の解剖結果を遺族に説明する場合,高齢者に比較するとすんなり納得されないことが多い.これは,短期間の容態変化と親の期待権が大であることによるものと考えられ,監察医は通常の事例以上に気を遣うことが多い.

監察医制度のない地区では1995年頃より遺族の承諾が得られた場合に県費で解剖する制度(承諾解剖)が発足した.この制度は,犯罪捜査を前提とする司法解剖に比較して,裁判官が発行する鑑定処分許可状が不要であり,母親の供述調書も簡単ですみ解剖検査への近道といえる.反面,乳児の解剖は常に遺族の承諾が得られにくいのが実状である.行政解剖という法律によらなければ高い解剖率は期待できないと思われる.臓器移植法が施行されてから3年を経過しても,実効がないという国民性を考えると,隔靴掻痒がなおも続くのではないだろうか.

本報告の数値はこれまで当院の乳児死亡のデータと若干異なるところがある.それは本報告では早産や死産などを除くなどの処理によるものである.

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