童話『忘れないで』

著者:田上克男氏
NPO法人 SIDS家族の会 近畿支部代表

         

 「ぼくと家族」
J・不思議なこと         

 地震の少し前、不思議なことがあった。ぼくたちが寝る場所には本棚があって、ぼくは父さんと母さんに「ねえねえ、地震が来たら本棚が倒れてつぶされるよ。怖いよ」と言った。でも、二人は赤ちゃんの話の最中で取り合ってくれなかった。

 父さんは忘れていたらしいが、母さんは頭のどこかに引っかかっていた。

 地震の前の夜、母さんは健ちゃんを生んだ日のことを思い出して泣いていた。その日は、赤ちゃんがおなかにやって来てからちょうど9か月で、「今日が健(が生まれた日)と同じ日数なの」と泣いた。父さんは母さんを抱っこして頭をなでていた。

 ぼくが寝た後も、健ちゃんが母さんを泣かせて、父さんを起こした。二人とも寝たころ、地震のほんの少し前、今度はおなかの中にいた周くんが蹴って母さんを起こした。

 地震が起きた時、母さんは叫んだらしい。「地震よ。本棚!本棚が倒れる!」。だから、ぼくたちは下敷きにならずにすんだ。父さんはこのことをワープロで手紙に書いた。母さんがいない時は画面がそのままになっていたので、ちょっと見てしまった。

 「…多くの方が地震で家族を失い、悲しい思いをされています。…地震の際には、3人の天使の不思議な力に救われました。…神様でも仏様でもどこかにいらっしゃるのなら、そのお方にお礼を言いたい気持ちでいっぱいです。子どもを亡くしたあとの私たち家族にとり、新しい赤ちゃんの誕生は強い望みではありましたが、時たま襲ってくる恐怖を、たぶん私たちは捨て去ることができません。…今、目の前に長い棘の道が続いています。天使たちは私たち家族の絆を強くしてくれました。非力を承知で、その絆の力で強く生きようと思います」

 読めない字ばかりだったけれど、「棘」という字がなぜか気になって、一年くらいたってから、父さんに書いて見せて「何て読むの?」と聞いた。「いばらだよ。トゲトゲがあって触ると痛いぞ。血が出るぞ」だって。でも父さんも母さんも血なんか出てないぞ。大人は時々、変な手紙を書くことがあるんだ。

前のページへ 次のページへ


目次へ
目次
SIDS2000トップページへ