童話『忘れないで』

著者:田上克男氏
NPO法人 SIDS家族の会 近畿支部代表

         

 「いのちが生まれ、命が消えた」
C・ぼくは泣かない         

 「ぼくは泣かない!」。病院へ行く途中、そう決めた。男の子だからじゃない。ぼくが泣いたら、父さんも母さんも最後の元気の力がなくなってしまうかもしれないからだ。そしたら、きっと母さんは死んでしまう。父さんも死んでしまう。そしたらぼくも、きっと死んでしまう。だから泣いちゃいけないんだ。

 車の中で、ぼくは母さんを元気にする作戦を黙って考えていた。あんまり黙っていたから、父さんが「おなかすいてないか?寒くないか?」とか聞いてきた。今は泣きやんでいるけど、泣くところを見られて、父さんはきっとうろたえているんだ。

 ぼくは元気の力を無駄遣いしないようにしていた。そして、作戦を考えていた。

 病院に着いて、母さんの部屋に入った。ベッドで少しだけ体を起こしていた。こっちを向いた顔は、やっぱりいっぱい泣いていた。目や目の回りが真っ赤だった。

 おじいちゃんやおばあちゃんもいた。看護婦さんもいた。みんな困ったような、怒ったような顔をしていた。おばあちゃんが泣き出して、しゃがんでぼくをだっこしようとした時、それをすりぬけたぼくは作戦を実行した。

 いっぱい息を吸って、大きな声で歌いながら、むちゃくちゃに踊った。踊りながら、母さんのベッドを回った。

 みんながぼくを見た。だれも泣いていない。「こらっ!」。父さんが小さく叫んだ。ぼくは踊りも歌もやめて、母さんのおなかの上に手を当て、お祈りしながら言った。「元気の力を充電してあげる」

 部屋の中はシーンとしている。母さんは泣きやんだ。そして、おなかの上にある手を握ってぼくを見た。ぼくも母さんを見た。近くで見ると、母さんだとわからないくらい、いつもとは違っていた。

 「ありがとうね」。母さんはそう言って、また泣き出した。その言葉は、聞こえないくらい小さかった。これはいけないと思って、あと二回踊って歌った。母さんのおなかに、いっぱい充電した。とても疲れた。母さんはまた「ありがとうね」と言った。

 「母さん、拓の充電でだいぶ元気の力もらったから元気になりそうよ」。そう言ってまた泣き出した。周りの人たちも泣き出した。突然、だれかがぼくをぎゅっと抱いた。もっと充電したかったけど、疲れてもう何にもできない。母さんの言葉を信じるしかなかった。

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