童話『忘れないで』

著者:田上克男氏
NPO法人 SIDS家族の会 近畿支部代表

         

 「いのちが生まれ、命が消えた」
B・母さんと赤ちゃん         

 保育園に迎えに来た父さんが、何度も「ウン、ウン」と言って話し始めた。

 「これから父さんといっしょに、母さんと赤ちゃんに会いに行こう」

 「それでね、頼みがあるんだ。拓が泣いたとき、いつも父さんは『男の子が、このくらいのことで泣くんじゃないっ!』って言ってるよね」。

 「なのに、父さんは泣いてしまってるよね。母さんもずっと泣いてるんだ。でもこれ、特別なんだ。拓、父さんや母さんが泣くのを、しばらくみのがしてくれるか?」

 父さんは何を言ってるんだ?さっきからわけのわからないことばかり言っている。

 「拓はお兄ちゃんになるのを楽しみにしてただろう?

 父さんも母さんもそう。赤ちゃんが生まれてうれしかった。とってもかわいかったよ。その赤ちゃんが死んでしまってね…。とても残念で、悲しくてね。悲しいってわかるかな?

 悔しくて、涙がどうしても出てくるんだ。そんなことだよ」

 そんないっぱい言わなくてもわかるよ。涙がとまらないんだよね。それって悲しいってことだよね。父さん、まだ泣くのをこらえているつもりなの?

 ぼく、もうわかっているよ。父さんはまた話しだした。

 「母さんは赤ちゃんがおなかの中にいるとき、ゲーゲーしてとてもしんどかっただろう。だから赤ちゃんが生まれたことをとても大事に思っていたんだ。だから赤ちゃんが死んじゃって、オッパイをのんでくれなくて。あんまり悲しいんで、いっぱい泣いてるんだ。オッパイが涙になって出てくるんだ」

 「これから会う母さんはちょっと変で、今は拓の母さんじゃないみたいだけど、ほんとはちゃんとそうだからね。安心していいよ。ただね、母さんも元気の力がなくなってしまいそうなんだよ」

 なにっ!それはたいへんじゃないか。赤ちゃんだけじゃなくて、母さんもずっと目が覚めなくなるの?

 「母さんを見てびっくりした顔をしないでね。それから、母さんに元気の力が出てくるように、父さんを手伝ってね。父さんも元気の力が、あんまりないけど、しばらくいっしょにがんばってくれる?」。

 「うん!わかった」。ぼくはそれだけ言って、保育園のかばんを取りに行った。父さんはおじぎをした。振り向いたら、先生たちもおじぎをして泣いていた。大人は何をしているんだろう?

 みんな変だ。友達が何人か集まってきて、みんな口をぽかんとあけて見ていた。「先生たちは友達に、なんて言うのかな?」。父さんがぼくの手を引いて車の方に歩き出した。

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