童話『忘れないで』

著者:田上克男氏
NPO法人 SIDS家族の会 近畿支部代表

         

 「いのちが生まれ、命が消えた」
A・赤ちゃんが死んだ         

 その日の朝、ぼくが起きたら、父さんはもういなかった。母さんのいる病院から電話があって、向かったらしい。昨日から来ていたおばあちゃんが保育園に送ってくれる。夕方には、母さんと赤ちゃんがいる病院に連れて行ってもらえるだろう。うれしいな。

 夕べ、父さんはおじいちゃんとうれしそうに、おいしそうにお酒をのんで、酔っぱらって寝た。寝たまま笑っていた。

 実はぼく、赤ちゃんのことをちょっと嫌いになりかけていたんだ。父さんも母さんも、生まれてくる赤ちゃんの話ばっかりしていて、なんだかぼくのことはほったらかしみたい。けれど、お兄ちゃんになった途端に「名前はぼくがつけてあげようかな」なんて思ってしまう。おかしいな。

 弟はできたし、おばあちゃんと遊べるし、とにかくうれしい。ぼくはスキップで保育所に行った。おばあちゃんはなぜか元気がない。何か考えながらゆっくり歩いていて、保育園に着くのが遅くなってしまった。

 昼間、いつもみたいに保育園の庭で遊んでいた。先生が呼んでいる。あっ、父さんだ。弟に初めて会えるぞ。友達に「赤ちゃんのとこに行くね!」と言って走り、父さんに思い切りぶつかって行った。

 父さんはしゃがんでぼくの顔をじっと見た。ぼくも父さんの顔を見た。なんか変だ。おかしいぞ。父さんは言った。

 「いいか、拓。よく聞いてくれ。赤ちゃんがね、昨日生まれたでしょう。拓はお兄ちゃんになって、今日会いに行くんだったよね。喜んでいたよね。でもね、赤ちゃんね、死んでしまった」

 え?父さんが泣いている。下を向いて「はー」ってして、黙った。涙がいっぱい落ちている。でも、いま父さんはなんて言ったんだろう?

 父さんが話しだした。

 「赤ちゃんね、元気で生まれたんだけどね、ねんねしてね、そのままずーっと起きられなくなっちゃったんだよ。どうしてだかわからないんだけど、元気の力がなくなったんだろうね。赤ちゃんがんばったけど…。もうずーっと起きないんだ。これはね、死んだってことなんだ」

 父さんはまた下を向いて「はー」ってした。『死んだ』って何なんだろう? 下を向いていて顔は見えないけど、地面にぽたぽた落ちているのは、確かに涙だ。父さんが泣いている。泣いている。

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