家族ケア

著者:田上克男氏
NPO法人 SIDS家族の会 近畿支部代表

         

 「ある父の別れ」

12月のある日、高校一年生の男の子K君が亡くなりました。不慮の自転車事故でした。自宅に帰ってきたK君は、「ただ寝ているだけ」のような顔で横たわっていました。
 事故のあった日、父親は駆けつけた病院で「血腫は取り除きますが、少なくとも12分以上呼吸が停止していたはずなので、蘇生は諦めてください」と言われました。そしてそのとおり、K君は一週間余りで旅立ちました。父親は意識の戻る見込みのないわが子に、毎日会いに行きました。事故のことは家族以外には伏せられ、彼はただ「なんでやろう?なんで俺の家族が、俺の息子が選ばれたんやろう?」と何度も自分に問うては、泣いて過ごしました。そして、「あの朝、もっとしっかりと挨拶をしておけばよかった。顔を見ておくんだった」と何度も悔やみました。今回のお話は彼が主人公です。

近年、グリーフケアの必要性が話題になることが増えました。私はそのことをありがたく思っております。しかしながらそのケアの対象は家族の中でも、一に母親、二・三に兄弟姉妹、四・五は友達と祖父母で、父親は対象から外れがちです。告別式の会場の様子を思い起こしてみてください。そこに父親がいれば、たいがい彼が喪主として挨拶をし、参列者への応対をします。役場で法の定める諸手続きを済ませ、そして宗教や慣習による段取りをこなします。初めのうちは泣いたとしても、ほどなく彼は社会復帰し、そこでも挨拶などを済ませ、後は何事もなかったように過ごします。行く先々で彼はこう言われます。「奥さんはもう大丈夫?」「奥さんやお子さんを支えてね!」・・・では、ここで考えてみてください。彼は、父親は大丈夫なのでしょうか?
 じつはK君の父親は私の友人です。私は告別式までの3日間、何度か彼の傍に行きました。今まで出会った遺家族と少し違ったのは、父親が泣き、母親のほうが落ち着いていたことです。「私は大丈夫なんですけど、この人があかんたれで・・・、ほんまに!」と笑っていました。いえ彼女は、薄情な人ではありません。彼女が家族にあふれる愛情を注いでいることを、私は知っています。泣いて崩れるのが当たり前の場面で、そんな人がしっかりできるのは、相当な無理があるのかもしれないと私は思いました。他の人もきっとそう思ったでしょう。その姿は健気で、かえって涙を誘いました。
最愛の子供を奪われたのです。母は「泣かないで」と言われても泣きます。そのことを誰も咎めず、また慰めます。一方、父が泣くと「お前が泣いていてどうする。男はいつまでも泣くな!お前がしっかりしなければ、奥さんは、家族はどうなると思う?」と言われます。これが普通です。いえ、何よりその前に、慰められること・泣くことを、彼自身が受け入れられなくなります。それに妻の前で泣くことは、彼にとって死ぬよりつらく恥ずかしいことかもしれません。もしかしたら彼は「自分の涙が、妻に悪い影響を与える」とすら思っています。じつは男はこんなふうに、結構がんじがらめなのです。そして多くの場合、父親のそんな態度は、やがて家族にとって不幸のもとになります。
「たちなおった」つもりの父親は、よく妻に「いつまでも死んでしまった子のことを、グチグチ言うな!」とか「もういい加減に卒業しろ!」と言ったりします。私達の会のミーティングに参加することにも、神経質になる人がいます。ある母親はそういわれて泣き出し、ある母親は「卒業」のふりをし、また「あんたはそれでもあの子の親なの? 薄情もの!!」と言ってけんかになり、やがて家庭にひびが入ることもあるでしょう。
遺族が「たちなおる」というのがどういうことか定義するのは難しい問題です。少なくとも亡くなった人のことを「忘れる」ことではありません。自由に心をコントロールし「心頭滅却」できる偉い人は別として、普通の人である私たちは小さな悲しみ苦しみでさえ、簡単に忘れることはできません。私の定義は「死を認め、それを自分の心の整理棚のどこかにきちんと収めていること」です。用があればいつでも棚から取り出せ、その時に少し泣くのは何の問題もありません。
乱暴な見方ですが、早々に泣きやんだ人は立ち直ったように見えて、じつは始末をつけるのを先送りしているだけのことがあります。そんな人の心の整理棚は、触ると一気に崩れ落ちそうなのです。男にはこの手合いが多いと思います。彼の凛々しい姿には、張子の虎のように中身がなく、砂のお城のように崩れやすいのです。だから五年経っても十年経っても、子供の話題が出そうになるとうろたえ、それがばれないように怒るのです。彼は亡くなった子供に無関心なのではありません。もろい自分が怖いのです。全部の男がそうではないかもしれませんが、私はこんな父親にたくさん出会いました。皆さんも怒るお父さんに出会ったら、一度こんな見方をしてみてください。彼はその日家に帰ると、トイレやお風呂で一人になった時に、泣いているのかもしれません。もし運悪く彼の涙を見てしまったら、そしてあなたが女性なら、気付かないふりが親切かもしれません。いえいえ、これでは甘やかしすぎでしょうか? こんな彼、グリーフケアが必要な親父が結構たくさんいることを、どうか覚えていてください。

今回は個人的なお話で、申し訳ありません。
不幸な出来事に直面した友と、私は一緒に泣きました。そして一人のとき、自分の無力に泣きました。自分が男性遺族に「『男かくあるべし』を捨てて、泣きましょう」と常々言っておきながら、どうやら私自身は自分に充分な始末をつけていなかったようです。先日は次男の16回目の誕生日でした。あくる日は16回目の命日。毎年のことですが、命日の数日前に、私は長男と三男を呼んで言いました。「健ちゃんの誕生日と命日が近づいた。今年もまた母さんは、しばらくおかしくなるだろう。君たちは言われなくても、宿題・掃除をやれ!これから我が家の冬至だ。それを過ぎたら日が長くなって、やがて確実に春が来る。いいか男ども、母さんを守るぞ。オー!」 言ってしまってから気づきました。何のことはない。私も、「がんじがらめ」の共犯者なのでした。その日ハッピーバースデイを歌いながら涙ぐんだのは、私のほうでした。
ちなみにK君のお母さんは出棺のときになって突然棺にしがみついて号泣し、出棺を止めてしまいました。しばらくしてお父さんが彼女の肩を抱き、何か話しながら彼女の手を解きました。私は一連の成り行きにホッとしました。彼がどんな言葉を奥さんにかけたのか、私は聞きません。私たちが立ち入れない世界が、ふたりの間にはあります。しばらく外出できないお母さんには、お母さん友達が訪ねてくれます。仕事に復帰したお父さんのほうは、共犯者が酒飲みにでも誘い出しましょうか。そして、彼らの幸せを祈りましょう。彼らはそれぞれ違う道筋をたどるかもしれませんが、いつかきっと元気を取り戻します。


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